グアム観光旅行のご案内 - グアムへ行こう サイト内容

マゼランの上陸 - グアムへ行こう

「グアムへ行こう」TOPページへ サイトマップ

マゼランは1521年3月6日、グアムのウマタック村に上陸しました。

史上初の世界一周達成 航海者「フェルディナンド・マゼラン」

グアムに西洋文化をもたらしたポルトガルの航海者「マゼラン」は、モルッカ諸島への西回り航路開拓をスペイン王・カルロス1世に熱望し1519年9月20日、5隻の大型船に265名を乗せスペインを発ちました。大西洋を横断した後、西の海へと抜ける道「マゼラン海峡」を発見し漂流を続けていた。食糧補給の機会を得られず飢えに苦しんだマゼランは、1521年有人の島を発見、物々交換をおこない食料の恩恵を受けたが、マゼラン一行の小型ボートを持ち出した島人の行為に怒ったマゼランは焼き討ちをかけ、ここをラドロネス諸島(泥棒諸島)と名づける。これが現在のグアムです。

マゼランはすぐに航路開拓を続け10日後フィリピン諸島への第一歩を記し、フィリピン・セブ島にて、マレー語と接触。これによりマゼランが以前、逆回り航路で訪れたマレー語圏に再びやってきたことになり、事実上、世界一周を成し遂げたが、途中フィリピン・マクタン島の酋長ラプ・ラプとの戦闘に敗北し戦死した。これはグアム島を発見し約50日後の出来事であった。また、残された艦隊はその後、約1年4ヶ月ほど掛けてスペインにようやく到着。史上初めての世界一周を達成した(1522年9月6日)。マゼランにより「地球が丸い」ことが実証されたが、生き残り無事に帰りついた艦は1隻。乗組員は、わずかに18名であった。

マゼランとウマタック村

グアムに西洋文化をもたらし発展のキッカケにもなったマゼラン一行の上陸であるが、平和な島を西洋世界に引きずり込んだと表現される場面もあります。当時のグアム島ではチャモロ先住民が長い間、魚業や農耕など自給生活の穏やかな生活を送っていました。マゼラン一行が上陸したウマタック村はその後、フィリピンとメキシコを結ぶ貿易の中継地として発展していきました。村にはマゼラン上陸記念碑が建っており、発見日でもある3月6日に毎年、記念祭を行っています。しかしその内容には島民殺害や放火したマゼラン一行の史実も含まれており、マゼランの侵略性と暴力性も強調しています。

グアムを「泥棒諸島」と名づけたマゼラン一行は、食糧難の末ようやくグアム島を発見し、島民たちから果物や水、食料の恩恵を受けた(物々交換を行った)。しかし島民の中には鉄製品その他、欲しいものを船からどんどん持ち出した。中には、船に備え付けのボートまで持ち出す者がいた。怒ったマゼランは40名余りの武装兵を引き連れ集落を襲い、多くの小屋を焼き払い、数隻のカヌーを破壊し、島民7名を殺害したとされている。船に戻ったマゼランは、この一帯のマリアナ諸島を「泥棒諸島」と命名し次なる地へ出航していった。

スポンサード リンク

 

グアムの歴史へ

「グアムへ行こう」 トップページ

■グアム 観光旅行情報

北部の観光名所 中部の観光名所 南西部の観光名所 南部の観光名所 グアムのツアー情報 注目アクティビティ グアムのビーチ ナイトスポット スパ・エステ・マッサージ グアムの魅力

■グアム 基本情報

基本情報 「気候・治安・・etc」 グアムの歴史 グアムのレンタカー グアムの天気(Yahoo!情報)

■スポンサード リンク

■運営情報 / その他

サイトマップ お問い合わせ 免責事項 リンク集
(C)グアムへ行こう